平野啓一郎「ある男」のあらすじと見どころ【ネタバレ控えめ】

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1. 『ある男』基本情報

作品概要

『ある男』は、平野啓一郎による日本の長編小説です。2018年9月30日に文藝春秋より刊行されました。第70回読売文学賞受賞作でもあります。2022年には石川慶監督、妻夫木聡主演で映画化され、第46回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を含む8部門を受賞しました。平野啓一郎の渾身の一作として、多くの読者を魅了しています。

作者平野啓一郎について

平野啓一郎は、1975年兵庫県生まれの日本の小説家です。1999年、『日蝕』で第120回芥川賞を受賞し、デビューを飾りました。以降、『葬送』『決壊』『マチネの終わりに』など、緻密な心理描写と洗練された文体で知られる作品を次々と発表しています。

平野作品の特徴は、ミステリアスな設定と緊張感のあるストーリー展開、登場人物の内面を丁寧に掘り下げていく手法にあります。人間の深層心理や社会の闇に鋭く切り込む一方で、文体は非常に洗練されており、読者を静かに物語世界に引き込んでいきます。『ある男』にも、そうした平野文学の真骨頂が遺憾なく発揮されています。

2. 『ある男』のあらすじ

主人公と2人の男

物語の主人公は、宮崎に住む里枝です。里枝は中学2年生の息子と、5歳になる娘との3人で暮らしていました。夫の大祐とは数年前に再婚したのですが、大祐は事故で他界したため、子供たちにとっては唯一の家族です。

ところがある日、大祐の四十九日に、大祐の兄・恭一が訪れます。そこで恭一は、遺影に写っている男は弟の大祐ではないと言い出すのです。果たして、里子の夫だった男の正体は一体何者なのでしょうか。

Xの正体を追う旅

里枝は、自分が再婚した男の素性を明らかにするため、唯一の頼みの綱として弁護士の城戸章良に依頼します。城戸は里枝の夫をX(エックス)と呼び、その経歴を丹念に洗い始めます。

城戸の調査で、Xが大学を中退し、その後も転々と職を変えていたことが判明します。Xは戸籍を何度も書き換えており、前科もあったのです。城戸はXが本物の大祐になりすました可能性を考えますが、はたして真相やいかに。

一方、城戸自身も在日朝鮮人三世という境遇に悩み、妻の実家との関係もぎくしゃくしていました。里枝の依頼は、城戸にとって自分自身と向き合う機会ともなります。

入れ替わった人生

城戸の調査は続き、ついにXの本当の素性が明らかになります。Xの本名は、小林誠。誠の父親は強盗殺人犯として死刑になった人物でした。誠自身もかつてはプロボクサーを目指していたのですが、父の前科が発覚し、夢を断念せざるを得なくなったのです。

そんな誠が、偽名を使って大祐になりすましていたのでした。本物の大祐は、兄との不仲から家出同然で上京し、ある女性と同棲していたのです。互いの素性を偽り、入れ替わるようにして生きてきた2人の男。しかし、真実を知った里枝の息子は、深く傷つきます。

再会、そして別れ

城戸の尽力で、里枝は本物の大祐と再会を果たします。しかし、2人が再び一緒に暮らすことはできません。それぞれの人生を歩んでいくしかないのです。里枝は子供たちとの新しい生活を始め、城戸も妻子との関係修復に向き合い始めます。

誠の死によって、里枝も城戸も、かけがえのない何かを失いました。しかし同時に、人生とは何か、家族とは何かを考えさせられる経験となったのです。人は悲しみのただ中にあっても、前を向いて生きていかねばならない。『ある男』という物語は、そんな力強いメッセージを読者に投げかけています。

3. 『ある男』の見どころ

ミステリー性と人間ドラマ

『ある男』は、一見、正体不明の男Xをめぐるミステリーのように見えます。Xが何者なのか、城戸の調査が進むにつれ真相が明らかになっていくさまは、読者を物語に引き込む大きな要因となっています。

しかし、ミステリーの奥には、登場人物たちの極めてリアルな人間ドラマが展開されています。Xの本当の素性が判明したとき、里枝の息子が見せる反応。城戸と妻の関係、里枝と大祐の思い出。こうした人間ドラマが丁寧に積み重ねられ、最後には大きな感動を生み出します。

現代社会への鋭い考察

『ある男』には、私たちが生きる現代社会への鋭い考察が ちりばめられています。なりすましを可能にする戸籍制度の不備、在日外国人に対する差別や偏見など、日本社会の闇の部分にメスが入ります。

特に城戸の視点からは、在日朝鮮人という属性が 家庭環境や生き方に与える影響が克明に描かれます。血のつながりとは、家族とは。そもそもアイデンティティとは何なのか。『ある男』を通して、私たちはこれらの問いを、避けることなく考えさせられるのです。

著者渾身の文章力

『ある男』は、平野啓一郎の並々ならぬ文章力が遺憾なく発揮された作品でもあります。含蓄に富んだ美しい日本語、洗練された文体は、思わず息をのむほどの完成度を誇っています。

登場人物たちの揺れ動く感情、葛藤する内面を丁寧に掬い取る心理描写も圧巻です。読めば読むほどに、言葉の奥底に秘められたメッセージが伝わってくるでしょう。平野啓一郎が、正に魂を込めて書き上げた渾身の1冊だと言えます。

4. 映画『ある男』について

映画版の基本情報

『ある男』は、石川慶監督により映画化され、2022年11月18日に公開されました。妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝らが出演し、第46回日本アカデミー賞で8部門を受賞するなど高い評価を得ました。興行収入は5億円を記録しています。

脚本は向井康介、音楽はCicada、撮影は近藤龍人が担当。撮影所は松竹、配給は松竹となっています。上映時間は121分、製作国は日本、使用言語は日本語です。

原作との違いや見どころ

映画『ある男』は、基本的には原作のストーリーに沿って丁寧に映像化されています。場面の取捨選択はあるものの、小説のエッセンスを十分に凝縮した構成と言えるでしょう。

映画化により、登場人物の感情がより直接的に伝わるのは大きな魅力です。妻夫木聡、安藤サクラら 俳優陣の名演技により、原作で描かれた繊細な心の機微が見事に表現されています。また、宮崎の美しい風景や、暗い室内の情景など、映像美も光る部分と言えます。

原作を補完し、新たな感動を届ける1本に仕上がっていると言えるでしょう。日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ8冠に輝いた意味を、ぜひ劇場で確かめてみてください。

5. まとめ:『ある男』が問いかけるもの

『ある男』という物語は、私たちに数々の問いを投げかけています。

「アイデンティティとは何か」
「人は過去からどこまで自由になれるのか」
「家族とは、絆とは」

「正直に生きるとはどういうことか」

こうした普遍的なテーマは、一人ひとりが自分ごととして捉え、考えていく必要があるものです。

また、戸籍制度の抜け穴や在日外国人の立場など、『ある男』が炙り出す社会問題も看過できません。物語を通して、私たちの社会のあり方を問い直すきっかけとしたいですね。

『ある男』は決して軽くない問いを私たちに突きつけます。しかしその果てに、登場人物たちは再生への一歩を踏み出します。私たち読者もまた、現代を生き抜くための指針を、この物語から得ることができるはずです。ぜひ多くの人に読んでもらいたい、考えてもらいたい作品だと思います。