【徹底解説】太宰治「女生徒」のあらすじと魅力 – 女性の心理を繊細に描いた名作

太宰治の「女生徒」は、思春期の一人の女学生の姿を繊細に描いた名作です。主人公の心理は実にリアルに描かれ、読者は彼女に感情移入せずにはいられません。時代を越えて多くの読者を惹きつけ続ける「女生徒」の魅力を、あらすじと共に徹底解説します。

1. 「女生徒」とは? – 太宰治の代表作

太宰治の生涯と「女生徒」執筆当時の社会背景

太宰治(1909年6月19日 – 1948年6月13日)は、青森県北津軽郡金木町(現・五所川原市)に生まれた昭和時代の小説家です。東京帝国大学仏文科に入学後、学生時代から創作活動を開始。中原中也、井伏鱒二らと交友を深めました。

「女生徒」が発表された1939年当時、日本は日中戦争の泥沼に入り込み、国民の生活は次第に窮乏していきました。

太宰自身、「女生徒」の執筆前年に愛人との心中未遂事件を起こすなど、私生活は混迷の度を深めていました。作品の至る所に、行き場のない苦悩と、それでも生きようとする意志がにじんでいるのは、創作と実人生の距離の近さを物語っています。

「女生徒」の出版と評価

「女生徒」は、1939年に「文芸文化」3月号に発表された中編小説です。当時の文壇では、太宰の才能を認めつつも、その過激な表現と生き方には批判的な声もありました。しかし、「女生徒」は、思春期の少女の微妙な心の機微を繊細に描写し、高い評価を得ました。

同時に、「女生徒」は、女性の感情や行動を男性作家の視点から描いた点で、当時としては類を見ない意欲作でした。自我に目覚めながらも、現実に翻弄される女性を主人公に据えた太宰の眼差しは、女性の内面を掘り下げつつ、男女の関係性の本質を浮き彫りにしています。

戦後、太宰治の人気は不動のものとなり、「女生徒」も多くの研究対象となりました。亡くなって70年以上経った現在も、太宰文学の魅力は色褪せることなく、「女生徒」はその代表作として、多くの読者を惹きつけ続けています。時代を越えて普遍的に訴えかける、人間の孤独と絶望、そして再生への希望。「女生徒」は、そうした太宰治文学の神髄を凝縮した1篇と言えるでしょう。

2. 「女生徒」のあらすじ – 少女の内面を繊細に描く

主要登場人物の紹介

女生徒の主人公は、女学校に通う14歳の少女です。名前は明かされていません。育ちの良さを感じさせる性格です。父親はすでに亡くなっています。主人公の母親は、娘を大切に思っていて愛情を注いでいます

第一部:朝の目覚め

14歳の少女である私は、ある朝、いつも通り目覚めましたが、すがすがしい気分ではなく、深い疲労感を感じました。 鏡に映る自分を見ると、目につくのはコンプレックスである私の目。その目はただ大きく、何の輝きもありません。

その時、私の飼い犬のジャピイとカアが近づいてきました。ジャピイは白い毛が美しく、カアは汚れて足の不自由です。カアに対して「早く消えてしまえば」と思う自分に嫌悪感を覚えます。 そんな気持ちを紛らわせるためか、誰にも気づかれないように白い薔薇の刺繍が施された下着を選んでみました。密かなおしゃれに心のどこかで満足しています。

朝食後、学校に向かう準備をします。今日は雨が降らないだろうと思いつつも、母からもらったお気に入りの雨傘を持って出かけることにしました。 その傘はとてもスタイリッシュで、持つだけで心が弾みます。 しかし、駅に向かう道すがら、一団の労働者と並んで歩くことになりました。彼らは不快な言葉を浴びせてきて、私をからかいます。 涙が出そうになるのが恥ずかしくて、無理やり笑う自分がいました。それがまた悔しく、心が乱れないようにと、もっと強く純粋になりたいと願うのでした。

第二部:電車内の思索


電車内で雑誌をめくりながら、次第に落ち着かない気持ちになります。雑誌に書かれている価値観を自分のものとして受け入れ、それに沿って生きることで充実感を得ているように錯覚している自分に気づきます。そうした自分の偽りの姿に嫌悪感を抱きます。さらに、今抱いているこの考えさえも、どこかで読んだ受け売りであるような気がして、思考が行き場を失い循環していきます。自己批判しても何も変わらないし、考えることなく生きる方がまだマシだと思うほどです。

雑誌の中には「若い女性の欠点」という見出しの記事があり、目を引きます。「独創性がなく、ただ模倣するだけ。理想もない批判ばかりで、実生活に役立たない」という内容を見て、まるで自分のことを言われているようで恥ずかしくなります。しかし、記事にはそれらの欠点を克服するための具体的な方法は記されていません。私が求めているのは、具体的な指針と導きです。学校で学ぶことと、世の中の常識が異なることも痛感しています。正直者が損をするのが世の中の掟で、本心とは異なることを言って周りに合わせる方が自己利益につながることも理解していますが、それを受け入れることができません

そんなことを考えているうちに、電車内で見かけた疲れた様子の30代のサラリーマンに目が向いてしまいます。彼に微笑みを投げかけたら、もしかすると将来結婚してしまうのではないかと妄想してしまいます。異性への興味を抑えきれず、そんな不毛な想像をしてしまう自分に情けなさを感じるのでした。

第三部:学校と放課後


図工の授業で写生を行うことになりました。伊藤先生は私をモデルに選んで、お気に入りの雨傘を持ち、薔薇の横でポーズを取るように指示しました。伊藤先生は、その様子が亡くなった妹を思い起こさせると言います。先生は悪意はないものの、どこか作為的で、不快な印象を受けることがあります。それを感じると、自分も無意識に人工的な態度を取っているのではないかと思い始めます。もっと自然体で、素直に生きたいと願うようになります。

放課後は、寺の娘であるキン子さんと一緒に美容院に行きました。内心では、外見を磨くことに時間を費やすのは浅はかだと感じています。キン子が過度にはしゃぐ様子にうんざりして、別れを告げてバスで帰宅することにしました。バス停から家への道すがら、一面の草原で夕焼けを眺めながら寝転びます。その美しい景色を見ていると、ふと父のことが頭をよぎり、この美しさを彼にも伝えたいと思うのでした。

第四部:来客と一日の終わり

家に帰ると客人が来ていました。着替えを済ませた後、夕食の準備を始めると、昔住んでいた小金井の家での生活が思い出されます。家族がそろっていた時代、何も心配せずに甘えていた日々です。しかし、父が亡くなり、母は深い悲しみに暮れました。夫婦の愛の大切さを知り、私にはそれを代替えすることができないと痛感します。姉が嫁に行った後、私も変わり、甘えることがなくなりました。母は依然として私を子ども扱いし、家計の話もしてくれません。

来客の今井田さん家族と夕食を共にします。今井田さんは40歳の色白の男性で、奥さんは小柄でおどおどしています。彼女の行動が少々下品に見えることもあります。私は彼らの息子を可愛がりますが、食事の後、居心地の悪さを感じて片付けを始めました。

母は私が客に気を使う様子を喜びますが、私はそうした振る舞いが苦痛です。母と今井田夫妻は外出し、私はその間にお風呂に入ります。大人へと変わる自分の体を見て、成長が待ち遠しくもあり、もどかしい気持ちになります。お風呂から上がった後、庭で星を眺め、亡くなった父のことを思い出します。

母が帰宅すると、上機嫌で私に肩を揉むよう頼みます。肩を揉む間、母の負担を感じつつ、私が見たがっていた映画を見に行く許可を得ます。母の優しさに心温まり、母が頑張っていることを理解し、以前は母の振る舞いを恨んでいた自分を反省します。

自省するにつれて、心が整理され、新しい自分になれるかもしれないという希望に満ち溢れます。洗濯と寝支度を済ませると、母が突然、私が欲しがっていた新しい靴の話を始めます。庭では犬のカアの足音が聞こえ、明日は彼に優しくしようと思います

3. 「女生徒」の魅力 – テーマと現代的意義

女性の繊細な心理描写 – 共感を呼ぶリアリティ

「女生徒」の最大の魅力は、主人公の心理が実に繊細かつリアルに描かれている点にあります。思春期の少女の複雑な感情の揺れ動きは、まるで自分の経験を追体験しているかのような臨場感を読者に与えます。繊細な心理描写が随所に盛り込まれているからこそ、読者は主人公に深く共感し、物語に引き込まれていくのです。恋愛に臆病な自分の姿を、女生徒に重ね合わせて読む人も多いことでしょう。太宰は、主人公の心の機微に徹底的にこだわり、それを言葉で紡ぎ出すことで、リアリティのある人物像を作り上げています。だからこそ、「女生徒」は多くの読者の心を揺さぶり続けているのだと言えるでしょう。

現代社会との関連性 – 女性の自立と生き方

「女生徒」が書かれたのは、今から80年以上前のことです。しかし、この作品が提示している問題は、現代社会にも通じるものがあります。特に、女性の生き方や自立の問題は、今なお多くの示唆を与えてくれます。太宰は、「女生徒」という一編の小説の中に、女性の生き方を見つめ直すヒントを散りばめています。だからこそ、この作品は現代の私たちにも、強いメッセージ性を持ち得ているのだと言えるでしょう。

4. 太宰治の他の代表作品の紹介

太宰治には、「女生徒」以外にも多くの名作があります。代表的なものとしては、「人間失格」「斜陽」「走れメロス」などが挙げられるでしょう。

人間失格

「人間失格」は、太宰自身の半生をモデルにした、絶望と再生をめぐる物語です。「女生徒」と同様、人間の孤独や苦悩が赤裸々に描かれています。

斜陽

「斜陽」は、戦後の混乱期を舞台に、没落していく貴族の家族を通して、時代の閉塞感を浮き彫りにした作品です。

走れメロス

「走れメロス」は、太宰が古代ギリシャの伝説をもとに書き下ろした短編小説。友情と信頼をテーマにした、太宰らしからぬ明るい物語として知られています。

これらの作品に共通するのは、人間の内面を深く掘り下げる筆致と、時代への鋭い洞察でしょう。「女生徒」もまた、思春期の少女という普遍的な題材を通して、人間存在の本質に迫っています。太宰の作品群は、互いに響き合いながら、彼の文学世界を形作っているのです。