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ユリシーズとは?作品の基本情報
ユリシーズの著者ジェイムズ・ジョイスについて
ジェイムズ・ジョイスは、1882年2月2日にアイルランドのダブリンで生まれました。若くしてカトリック教会への反発を覚え、20歳でパリに渡りました。1904年にノラ・バーナクルと出会い、生涯の伴侶となります。
ジョイスは、『ダブリンの市民』(1914年)、『若い芸術家の肖像』(1916年)を発表した後、『ユリシーズ』の執筆に着手。第一次世界大戦中はチューリッヒに滞在し、1920年からはパリに定住しました。『ユリシーズ』完成後は、最後の小説『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)の執筆に没頭します。
1941年1月13日、ジョイスはチューリッヒで胃潰瘍の手術を受けましたが、術後の容態が悪化し、1月13日に58歳で亡くなりました。20世紀を代表するモダニズム文学の巨匠の一人と評されています。
ユリシーズの出版の経緯
『ユリシーズ』は、当初1918年から1920年にかけてアメリカの雑誌『リトル・レビュー』に連載されましたが、猥褻とみなされて発禁処分を受けました。1922年2月2日、ジョイスの40歳の誕生日に、パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店から1000部限定で出版されました。
その後、1920年代を通じてシルヴィア・ビーチによる出版が続けられ、1933年にはアメリカで発禁が解除されてランダムハウス社から正式に出版されました。しかし、長年ジョイスを支援してきたビーチとの関係が悪化するという代償もありました。
『ユリシーズ』の出版は、同時代の作家から絶賛される一方で、難解さゆえに賛否両論を巻き起こしました。以降、様々な版が出版されていますが、未だに決定版と呼べるものはないのが現状です。
ユリシーズの基本情報(言語、長さ、スタイルなど)
『ユリシーズ』は、英語で書かれた長編小説です。全18挿話から構成され、総語数は約26万5000語、日本語の全訳で上下巻合わせて1000ページを超える大作です。
物語は、1904年6月16日のダブリンが舞台で、3人の主要登場人物(スティーヴン・ディドラス、レオポルド・ブルーム、その妻モリー)の一日の経験が克明に描かれます。各挿話は『オデュッセイア』の各章に対応するよう緻密に設計されており、「テレマキア」「オデュッセイアの冒険」「イタケへの帰還」の3部構成を成しています。
文体は各挿話で大きく変化し、「意識の流れ」の手法で登場人物の内的独白を描写する一方、パロディやパスティーシュの技巧も多用されます。最後の挿話「ペネロペ」は、一切の句読点を排した長大な内的独白となっています。難解さで知られる作品ですが、登場人物の造形の深さとユーモアも特徴の一つです。
ユリシーズのあらすじ:18の挿話を簡潔に解説
第1挿話〜第3挿話:テレマキア
第1挿話「テレマコス」:若き日のジョイスがモデルとされる青年ステファン・デダラスが、塔に同居する医学生バック・マリガンと、そこに滞在中のイギリス人ヘインズと会話します。ステファンは母親の死に悲嘆し、借金取りにも悩まされています。
第2挿話「ネストル」:ステファンは学校で歴史の授業をし、校長と面談します。給料をもらった後、校長から自身が書いた新聞記事の宣伝を頼まれます。
第3挿話「プロテウス」:ステファンはサンディマウント海岸を歩きながら、言葉遊びを交えて哲学的思索に耽ります。知覚や記憶、芸術をめぐる彼の内的独白が「意識の流れ」形式で展開します。
第4挿話〜第15挿話:オデュッセイア
第4挿話「カリュプソ」:広告取りのレオポルド・ブルームが初めて登場。妻モリーの不倫を疑いながらも、彼女の朝食の世話をし、葬儀に出かける準備をします。
第5挿話「食蓮人たち」:ブルームは葬儀の広告を出し、郵便局に向かいます。そこで彼は密かに文通している女性から手紙を受け取ります。教会に立ち寄った後、銭湯に向かいます。
第6挿話「ハデス」:ブルームは馬車で友人の葬儀に向かいます。一緒に乗り合わせたのは、ステファンの父親サイモン・デダラスらです。墓地では死をめぐる思索に耽ります。
第7挿話「アイオロス」:ブルームは、新聞社で広告の校正をします。一方、ステファンは知人からハムレットをめぐる議論に誘われます。
第8挿話「レストリゴネス」:ブルームは図書館に向かう途中、知人の女性と世間話をします。バートン食堂に入るも、客の粗野な食べ方に辟易とし、パブでランチを摂ります。
第9挿話「スキュレーとカリュブディス」:図書館で、ステファンがシェイクスピアについて持論を展開します。
第10挿話「さまよえる岩」:ダブリンの街を行き交う人々の断章が19場面にわたって描かれます。
第11挿話「セイレーン」:オーモンド・ホテルにて、酔客たちが歌を歌う中、ブルームは密かに文通している女性に手紙を書きます。
第12挿話「キュクロプス」:ブルームは知人を訪ねた酒場で、民族主義者の「市民」と口論になります。
第13挿話「ナウシカア」:若い娘ガーティ・マクダウェルが海岸で空想に耽る一方、ブルームは彼女を遠くから眺めながら自慰をします。
第14挿話「太陽神の牛」:ブルームは産院を訪れた後、酔った医学生たちと飲み会をします。そこでステファンと再会します。
第15挿話「キルケ」:ステファンとブルームが娼婦街をさまよう場面が、幻想的な場面転換を交えて描かれます。
第16挿話〜第18挿話:ノストス
第16挿話「エウマイオス」:ブルームは酔って意識朦朧とするステファンを連れ、馬車の御者が集まる簡易食堂に入ります。ブルームはステファンに自身の半生を語ります。
第17挿話「イタケ」:ブルームは自宅に戻り、ステファンを家に招き入れます。ココアを飲みながら二人は芸術論を展開しますが、やがてステファンは辞去します。就寝したブルームは、妻の不倫の痕跡に気づきます。
第18挿話「ペネロペ」:ブルームの妻モリーが眠れぬ夜、モリーが過去を回想する長大な内的独白で終わる。最後は「and yes I said yes I will Yes.」の言葉で閉じられます。
ユリシーズの文学的特徴と重要性
画期的な語りの技法:意識の流れと内的独白
『ユリシーズ』最大の文学的特徴は、登場人物の内面を「意識の流れ」の手法で克明に描き出した点にあります。特に第3挿話「プロテウス」や第18挿話「ペネロペ」における内的独白は、当時の小説の常識を打ち破る画期的な表現でした。
登場人物の意識は、外的事象への知覚、心の中に浮かぶ言葉、過去の記憶、内的感情が絶え間なく流れゆく「意識の流れ」として描かれます。ジョイスはこの手法により、人間の意識の複雑さと豊かさを言語化することに成功しました。
「一日」という設定と「オデュッセイア」の神話構造の借用
『ユリシーズ』は、主人公レオポルド・ブルームの一日の出来事(1904年6月16日)を通して、人生の縮図を描き出そうとする意欲作です。一見些細な日常の営みの描写を通して、人間存在の本質に肉薄しようとするその手法は、画期的なものでした。
また、『ユリシーズ』全体の構成が、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の構造と対応するよう精密に設計されている点も特筆に値します。神話的構造を下敷きにすることで、日常性を描きつつ普遍的な物語を紡ぎ出すことに成功しています。
登場人物の深層心理の描写と人物造形
ブルームやモリーをはじめとする登場人物たちは、一個の人格を持った生身の人間として造形されています。読者は彼らの思考や内面の葛藤を克明に辿ることで、あたかも実在の人間に接するかのような感覚を覚えます。
『ユリシーズ』以前の小説には、これほどまでに深く人物の心理を掘り下げた作品はほとんどありませんでした。ジョイスの筆は、無意識をも言語化することで、人間の深層心理の謎に鋭く迫ります。
当時の文学界に与えた影響と現代文学への影響
『ユリシーズ』の刊行は、同時代の文学者たちに衝撃を与えました。T.S.エリオットやエズラ・パウンドら英米モダニズムの作家たちは、ジョイスから多大な影響を受けています。
また、ウィリアム・フォークナー、ヴァージニア・ウルフ、三島由紀夫など、後の小説家たちもジョイスの実験的文体から学ぶところが少なくありませんでした。「意識の流れ」の手法は、20世紀小説に革命をもたらしたと言っても過言ではありません。
総じて『ユリシーズ』は、二十世紀小説の金字塔と評される通り、後世の文学に計り知れない影響を与えた不朽の名作なのです。
ユリシーズを読む前に知っておくべき5つのポイント
読む際の心構え:難解な作品であることを理解する
『ユリシーズ』は、難解な作品として知られています。「意識の流れ」の手法による非連続的な語りや、大量の固有名詞、文体の急激な変化などが、読者を困惑させる要因となっています。
しかし、ジョイスが描きたかったのは、人間の意識のリアルな有り様そのものです。一読では理解できない箇所があっても、書かれている事象や心情を想像力豊かに追体験することが肝要です。『ユリシーズ』の世界を味わうには、難解さを恐れず挑戦する心構えが求められるでしょう。
重要な登場人物を予習しておく
物語の主要な登場人物を予め把握しておくことで、読解の助けになります。特に重要なのは、レオポルド・ブルーム、ステファン・デダラス、モリー・ブルームの3人です。
広告取りのブルームは『ユリシーズ』の主人公で、一日の彼の足取りが作品世界の軸となります。若き芸術家の卵ステファン(ジョイス自身の投影とも解釈される)は、ブルームとは対照的な人物として描かれます。ブルームの妻モリーは、最終挿話「ペネロペ」の語り手を務める重要人物です。
舞台となるダブリンの地理について基礎知識を得ておく
ジョイスは『ユリシーズ』で、当時のダブリンの街を克明に描き出しました。ダブリン市内の通りや建物、店、公園など、実在の土地が数多く登場します。
地図や解説書などを参照しながら、作中に登場する土地について基礎知識を得ておくことで、登場人物の動きを具体的に想像できるようになります。作品世界への没入感が深まるはずです。
「オデュッセイア」の物語をおさらいしておく
『ユリシーズ』は、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』になぞらえて書かれています。『ユリシーズ』各挿話のタイトルや登場人物、展開などが、『オデュッセイア』のそれと対応関係にあるのです。
『オデュッセイア』の粗筋をおさらいしておくことで、『ユリシーズ』の神話的構造が見えてきます。両者の関連性を意識することで、作品の寓意性がいっそう明らかになるでしょう。
時代背景(20世紀初頭のアイルランド)を理解する
『ユリシーズ』の物語が展開する20世紀初頭は、アイルランドにとって政治的に激動の時代でした。1800年に始まるイギリスによる支配からの独立運動が高まりを見せ、民族主義思想が台頭していました。
登場人物たちの思考や会話には、当時のアイルランド社会の特質(カトリック教会の影響力、対英感情、伝統文化への回帰思想など)が色濃く反映されています。こうした時代背景への理解は、作品の深層を読み解く上で欠かせません。
作品の背景知識が豊富なほど、登場人物の内面や、作品の持つ同時代批評性が立体的に理解できるはずです。
まとめ:ユリシーズを読むために
『ユリシーズ』は難解な大作ですが、二十世紀文学を代表する金字塔であることは間違いありません。画期的な「意識の流れ」の手法は、人間の意識を言語化する新たな道を切り拓きました。
神話的構造を背景に日常の中に深遠な意味を見出そうとするその志は、現代に生きる私たちの心を揺さぶります。難解さに挫けずページを繰り、登場人物たちと歩みを共にする時、見えない都市が現れることでしょう。あなたもまた『ユリシーズ』の旅路の一員になるのです。