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「怪物」のあらすじ
火災から始まる複雑に絡み合う人間関係
火災現場の雑居ビルを自宅から眺めるシングルマザーの麦野沙織と小学5年生の息子・湊。いつもは明るい湊だったが、その日は様子がおかしかった。担任の保利先生から「豚の脳と入れ替わった」と言われたのだと。
主要登場人物の紹介
真相を確かめるべく学校に向かう沙織。だが、保守的な校長や教頭は問題を大ごとにしたがらず、逆に保利から「湊が同級生の依里をいじめている」と言われてしまう。しかし、依里は「いじめられてなどいない。むしろ保利先生から湊が暴力を受けた」と証言。保護者会で謝罪に追い込まれ、退職に追い込まれていく保利だった。
一方その頃、保利は恋人にプロポーズしていた。熱心な新米教師だったが、教室で暴れる湊を止めようとして偶発的に鼻血を出させてしまったのだ。どうにか誤解を解こうとするが、スキャンダルを恐れる周囲は誠実な対応を許さない。
孤立を深める保利。だが、依里の作文に湊への恋心を示す文字が隠されていると気づく。湊と依里は互いへの愛を隠すために嘘をついていたのだと。2人を探しに向かう保利と沙織。だが、待ち受けていたのは衝撃の結末だった。
「怪物」の見どころ
是枝裕和監督×坂元裕二脚本による新たな傑作
本作の最大の見どころは、『誰も知らない』や『万引き家族』などの話題作を生み出してきた是枝裕和監督と、『Mother』や『カルテット』の脚本で知られる坂元裕二のタッグにある。坂元は以前から是枝を「憧れの存在」と公言しており、念願の初共同作業が実現した。
4人の主演俳優たちの熱演
主演には安藤サクラ、永山瑛太という実力派に加え、オーディションで選ばれた子役の黒川想矢と柊木陽太が抜擢。4人の息の合った演技にも注目だ。さらに音楽は、惜しくも本作が遺作となってしまった世界的作曲家・坂本龍一が手掛ける。
物語は「同じ出来事を複数の視点から描く『羅生門』的な構造」を持つといい、観る者の想像力を刺激しそうだ。人間の心の奥底にある光と影を鋭く描き出してきた是枝監督が、坂元脚本を通して表現する新たな家族の姿とは?答えは映画館に見出せるはずだ。
「怪物」のネタバレ解説【ラスト結末まで】
沙織と湊、保利の三者三様の視点から描かれるストーリー
「怪物」の物語は、シングルマザーの沙織、新米教師の保利、そして小学5年生の湊と依里という3組の視点から描かれる。
息子・湊の変調を感じ取った沙織は、担任の保利を詰問するが、学校側の事なかれ主義な対応に阻まれる。一方の保利は熱心で誠実な教師だったが、教室で暴れる湊を制止した際の偶発的な出来事から状況は一変。真相を説明しようにも、周囲は自分の保身を優先し、保利に謝罪を強要する。
湊と依里の”秘密基地”での出来事
そんな中、保利は生徒・依里の作文に、湊への恋心を匂わせる文字が隠されていることに気づく。実は湊と依里は同性愛的な関係にあったのだ。2人はそれぞれの家庭の事情から「普通」でいることを求められ、本当の自分を隠して生きることを強いられていた。学校でも周囲の偏見から、いじめのターゲットになりがちな依里を守るため、湊はあえて加害者側に回っていたのだった。
2人は秘密の基地である廃電車の中で、「ビッグランチ」後に訪れるという”理想郷”を夢見ていた。
ラストシーンの衝撃の展開とその意味
ラストシーンでは崩壊しかけたその廃電車から這い出してきた湊と依里が、「生まれ変わったか」と問いかける。大人たちの複雑に絡み合った感情と秘密をよそに、2人の少年は「自分たちらしさ」を胸に、再び走り出すのだった。果たしてその行き先は―。
是枝監督と坂元脚本のタッグが描くのは、誰もが経験する「愛しているからこそ伝わらない何か」の物語。ラストの衝撃の展開が問いかけるのは、他者を理解することの難しさ、そして理解しようと努力し続けることの尊さなのかもしれない。
「怪物」の評価と受賞歴
カンヌ国際映画祭での脚本賞とクィア・パルム賞受賞
是枝裕和監督の『怪物』は、第76回カンヌ国際映画祭において脚本賞とクィア・パルム賞を受賞し、早くも高い評価を獲得している。
審査員から「美しく構成された物語」と賞賛された本作は、脚本賞の授賞式で是枝監督自ら「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話と捉えた」と語るように、特定のテーマに収まらない普遍的な物語を紡ぎ出している。一方で、同性愛的な関係にある2人の少年の姿を「非常に謙抑的に」描いたことで、クィア・パルム賞にも輝いた。
映画関係者やメディアからの高評価
クィア・パルム賞の審査員長は「世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、馴染むことができない人々、あるいは世界に拒まれている全ての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう」と絶賛。まさしく『怪物』は、生きづらさを抱える全ての人々にメッセージを送る作品と言えるだろう。
日本公開から間もないこともあり、興行成績や各メディアの評価はこれからだが、カンヌ国際映画祭での2冠受賞は、本作の普遍的なテーマと高い芸術性を示す何よりの証明だ。『怪物』は日本映画界を代表する1本として、今後も国内外で話題を集めていくに違いない。
映画「怪物」をより深く理解するための考察
作品に流れる「羅生門」的な構造とその効果
映画「怪物」を観終えた後、頭の中に残るのは一面の漆黒の湖と、そこに浮かび上がる人間の姿だ。本作を貫くテーマを「湖」に重ねたという是枝監督の言葉通り、『怪物』は人間の心の深淵を複数の視点から描き出す。
「羅生門」的な手法を用いて、1人の少年をめぐるいくつもの”真実”を並列に提示する本作。母親の沙織にとって「普通」であって欲しい我が子、保利にとっては教室の秩序を乱す”問題児”、そして友人の依里にとっては理解者であり心の拠り所――。湊というプリズムを通して、大人たちのエゴや欺瞞が白日の下に晒される。
湊と依里の関係性に込められたメッセージ
そんな歪んだ社会の中で、湊と依里の純粋な絆は、やがて「親密な友情」から「愛の関係」へと昇華されるのか。是枝監督はあくまでそこを曖昧に描くことで、2人の関係性をより普遍的なものに昇華させる。性的指向以前に、ただ自分たちらしくいられる存在を求め合う少年たちの姿は、大人の偏見や差別の眼差しがいかに残酷で的外れなものかを観る者に突きつける。
「生まれ変わったか」と問いかける2人に、果たして新しい世界は用意されているのか。ラストシーンは問題提起でもあり、希望の象徴でもある。『怪物』が投げかけるのは、他者と自己に真摯に向き合うことの尊さ。わたしたちはその”まなざし”を持てているだろうか。大切なのは、決して目を背けないこと。観終えた後もなお、是枝監督が切り取った一面の湖が脳裏から離れない理由がそこにある。
まとめ:「怪物」は複雑な人間関係を描き出す傑作
映画「怪物」は、表層的には少年たちの青春の物語だが、その根底には家族や学校、社会の濃密な人間模様が渦巻いている。是枝裕和監督と坂元裕二脚本のタッグが生み出した群像劇は、一人一人が抱える孤独や葛藤を丁寧に掬い上げ、そこから生まれるすれ違いや対立を克明に描き出す。
主人公の少年たちが求め合う純粋な絆は、その対極にある大人社会の歪みを浮き彫りにし、観る者に深い感慨をもたらす。「怪物」とは一体誰のことを指すのか。是枝監督が投げかける問いは、作品が進むにつれ存在感を増していく。
カンヌ国際映画祭での脚本賞&クィア・パルム賞受賞は、本作の普遍的なテーマ性が世界に通用する証明だろう。一方で、日本社会の閉塞感や不寛容さをも鋭く指摘する作品でもある。「怪物」は誰もが心の中に飼っている。それと向き合う勇気を、この映画は静かに問いかけている。